


幼少期から、理解できない現象が多々起こっていた。
見えるはずのない物、これから起きる事…でも、ただ子供だけにそれが当り前だと思っていた。
そんなある日、ふと母親の本棚を見たときに目に留まる一冊が、導きのように見え手に取った…。
普段は、見る事もない本棚に引き寄せられ取った一冊…。
それは母親の知人が、五味康祐先生の縁の方で、頂いた「占術」の本だった。
それがきっかけかどうかは、定かでないがその時、子供ながらに運命や不思議な事に対して強い好奇心を抱いた。
読んでわかる物ではなかったが、不思議と興味がわいた。
それからも自分の不思議な力は、増幅されるように湧き出てきた。正直言って見たくない、欲しくない。普通になりたい…。
大人になるにつれて、その自分の不思議な力がある事が煩わしく思えてきて、そして成長とともに奇妙な霊体験に悩まされ続け、ひどい躁鬱病を患った。
除霊だ、なんだかんだと心配した母親や友人が、霊能者と言う人を沢山連れてきた、しかし、何の力も効果も無く、数々のニセ霊能者に出会い、世の中にうんざりしていた。
完治を諦めていた時、スーパーから帰ってきた母が一人の女性を連れて帰ってきた。
「またか…」と思った…。
その女性は庶民的ではあるが、洗礼された美しい笑顔でそっと語りかけた。
今までのような胡散臭さも感じない。心にそっと優しいオーラの波動が伝わってきた。
そしてその女性は、私だけが知りえる「秘密」を次々と語り、私は驚愕とともに救いのシグナルを出した。そのシグナルを語る事も無く受け止め、解放へ導いてくれた女性がいた。
「この人は、いったい誰なの?」
霊能者かと聞くと、普段は、茶道・華道の先生で、特別な霊能力をボランティアに使っているとおっしゃっていた。今までとは違う何かを感じたそして助けてくれるのではないかと言う前向きな気持ちになれた。
その女性の名前は「高本窈子」先生
ある意味不思議な出会いだった。今考えてみればこの出会いが私の人生の指針を決めたのかもしれない。
「一生分の一」の出来事が、起きた瞬間だったのかもしれないと思うと、人の人生は偶然に満ちている。
その後、私は二度程の淨霊をしていただくと、あんなに悩んでいた病気が、仮病だったかのように、何事もなかったように消えていってしまった。憑依されていたのだろうか「憑物が落ちた」と言う感覚が自分を支配した。
それ以来、霊体験は少なくなった。人を恐れていたうつ症状が治ると人と会うのが楽しくなり再び人に任せていたBarへ復帰した。
Barは様々な方と出会いの場で、中には悩める人が多く、お酒も入ると悩み苦しんでいる姿を曝け出す光景が連日のように続いた。私も高本先生に助けてもらったように人のために何かがしたいと考えた。
皮肉なことに、あんなに嫌がっていた不思議な力が、もしかしたら役に立つのかもしれないと、占いを本格的に学ぼうと思い立ちスクールに通う中、尊敬できる素晴らしい先生に出会い弟子入りして「占術」の勉強に打ち込んでいる。